先週、ちょっと気になるニュースがありました。
出版取次大手の日販グループが、
アメリカのAI開発企業「アンソロピック(Anthropic)」に
日本の書籍を大量に販売していたというニュースです。
アンソロピックは、生成AI「Claude(クロード)」を
開発している企業です。
報道によると、日販グループの子会社が2024年12月から2025年12月まで、
およそ1年間にわたって書籍を販売していたそうです。
ところが日販側は、AIの学習を目的とした書籍購入とは
認識していなかったと説明しています。
アンソロピックは、購入した書籍を裁断・スキャンして
AIの学習に利用していたと報じられています。
ただ、今回販売された日本の書籍が、
実際にどこまで学習に使われたのかは、まだ明らかになっていません。
このニュースを見て、著作者や出版社はどうなるのだろうと思いました。
AIが学習した情報は、いったい誰のもの?
本を一冊つくるには、著作者が長い時間をかけて取材や調査をしたり、
文章を考えたりしています。
出版社も編集や校正、デザイン、印刷などに多くの費用と時間をかけています。
そうして生まれた書籍の内容をAIが学習し、
利用者の質問に対して、その内容をもとに回答する。
便利なのは確かです。
ですが、その回答がどの書籍を参考にしたものなのか、
著作者は誰なのか、利用者にはわからないことも多いです。
もちろんAIは、必ずしも一冊の本から文章を抜き出して回答しているわけではありません。
大量の情報から学習した傾向をもとに文章を生成しています。
それでも、もともとの情報を生み出した人たちの存在が、
見えなくなってしまうことには疑問を感じます。
私は、少なくともAIが学習に利用した書籍や著作者などの情報は、
確認できる仕組みが必要だと思います。
そして、著作物を利用してAI企業が利益を得るのであれば、
著作者や出版社にも適切な対価が還元される仕組みが
あってよいと考えます。
AIの回答だけで必要な情報が手に入るようになれば、
本を買う人が減ってしまう可能性もあります。
そうなると、次の本をつくるためのお金が回らなくなるかもしれません。
情報を生み出した人たちが報われないまま、
その情報を利用する企業だけが成長していく。
それは、おかしな話だと思います。
日本では、著作権者に無断でAI学習ができる?
日本では、2018年の著作権法改正によって設けられた
第30条の4という規定があります。
この規定により、情報解析など、著作物に表現された思想や感情を楽しむことを
目的としない利用については、一定の条件のもとで、
著作権者の許可を得ずにAI学習に利用できるとされています。
ただし、無制限に認められているわけではありません。
「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」などには、
この規定が適用されないことがあります。
また、学習によって生成された文章や画像が、
既存の著作物の創作的な表現と類似し、
それに依拠していると判断されれば、著作権侵害になる可能性もあります。
つまり、AIが著作物を学習することと、
AIが生成したものを利用することでは、法律上の考え方も違ってきます。
ただ、私が気になるのは法律の解釈だけではありません。
仮に法律上は認められていたとしても、
著作者や出版社が経済的な不利益を受けるのであれば、
それでよいのだろうかということです。
AIの進化に合わせて、著作権のあり方も見直していく
必要があるのではないかと思います。
デザインの世界でも、同じことが起きている
この問題は、私たちデザイナーにとっても他人事ではありません。
最近の生成AIは、ロゴやイラスト、広告ビジュアルなども、
かなり短い時間でつくれるようになっています。
ただ、実際にAIでデザインを生成してみると、
まだまだ違和感を覚えることがあります。
例えば、ある企業の理念や事業内容を説明して、
ロゴのデザインを考えさせたとします。
AIはそれらしい形状をつくり、
その形に対して意味やコンセプトまで説明してくれます。
ところが、よく見てみると、形状とコンセプトが
まったく結びついていないことがあります。
もっともらしい説明をしているけれども、
なぜその形でなければならないのかが伝わってこない。
形をつくったあとから、
無理やり意味を付けているように感じることもあります。
お客様の方でAIにデザインさせたと言って
見せられるロゴのほとんどが
そんな感じです。
お客様は、
しっかり見ていない読んでいない
意味を理解できていない
AIが作ったものだから正しい
と思っているようです。
デザインは、単に見た目がきれいであればよいというものではありません。
企業の考え方や事業の特徴、伝えたいメッセージなどを
理解し、それをどういう形や色で表現するか。
そこにデザイナーの思考や経験があるわけです。
デザインの考え方を、どこまで公開するべきか
私は、自分が制作したデザインについて、
コンセプトや制作意図をインターネット上で
あまり詳しく説明しないようにしています。
もちろん、クライアントにはきちんと説明します。
ただ、Webサイトなどで、どういう言葉をどういう形に置き換えたのか、
なぜその形状にしたのかといったことを、必要以上に公開することには慎重です。
理由は・・・
AIは、インターネット上に公開された
さまざまな文章や画像を学習しています。
デザイナーが長年の経験から考えた、
言葉と形状の結びつきや、発想の過程まで
大量に学習するようになれば、
いずれAIはそうした表現も
上手につくれるようになるのではないかと思うからです。
もちろん、公開した説明が必ずAIに学習されるわけではありません。
それでも、デザインの完成形だけでなく、
そこに至る思考の過程までAIが学習していくことに、加担したくありません。
私たちデザイナーが時間をかけて身につけてきた知識や経験が、
知らないうちにAIの能力向上につながっていくかもしれないからです。
AIがコンセプトまで理解するようになったら
今のAIは、デザインの形をつくることはかなり得意になってきました。
しかし、その形にどのような意味を持たせるのか、
企業や商品の本質とどう結びつけるのかという部分は、
まだ十分ではないと感じています。
ただ、これも時間の問題かもしれません。
言葉と形状、コンセプトとデザインが的確に結びつくようになったら、
デザイナーの仕事は大きく変わると思います。
極端に言えば、これまで人間のデザイナーが担ってきた
制作業務のかなりの部分が、AIに置き換わる可能性もあります。
そうなると、デザイナーに求められるのは、
単にデザインをつくる能力だけではなくなるでしょう。
AIが生成した複数の案の中から、
どれが企業や商品にふさわしいのかを見極めること。
そもそも何を伝えるべきなのかを考えること。
そして、そのデザインが本当に企業の目的に合っているのかを判断すること。
こうした部分に、
デザイナーとしての経験や能力が発揮されるのだと思います。
ただし、そうした判断までAIが高度にできるようになったらどうなるのか。
その時、デザイナーはどうあるべきか
なんとなくイメージできています。
あえてここでは、言いません・・・
AIの進化は歓迎したい。
でも、つくる人が報われる社会であってほしい
私はAIそのものを否定しているわけではありません。
実際、仕事の中でもAIを活用していますし、
その便利さや可能性は十分に感じています。
これまで何時間もかかっていた作業が、
短時間でできるようになることもあります。
ただ、便利になることと、
創作者の権利が守られることは、両立してほしいと思っています。
書籍であれば著作者や出版社。
デザインであればデザイナーやイラストレーター。
音楽であれば作曲家や演奏家。
AIが生み出す価値の背景には、
長い時間をかけて作品や知識を生み出してきた人たちがいます。
その人たちの努力や創造性が、
AIの進化によって軽く扱われるようになってしまったら、
これから新しいものを生み出そうとする人が減ってしまうかもしれません。
AIが進化すること自体は、素晴らしいことだと思います。
でも、AIが賢くなるほど、
その知識や表現を生み出した人たちが報われる仕組みも必要ではないでしょうか。
今回の日販とアンソロピックのニュースは、
そんなことを改めて考えるきっかけになりました。